ジユウニハタラク

「リスクを背負う覚悟はあるか?」理学療法士のパラレルキャリアの築き方

インタビュイー: 伊東浩樹さん
インタビュアー: 舩津康平

なぜ挑戦が怖くないんですか?

結局、僕だけではなくて身近に支えてくださる方や仲間がいるということが全てだと思います。仲間たちが好きなことをやれたり、その家族が笑顔になればこそ、そういった仲間たちや仲間たちの家族のために、僕はどこまで落ちても這い上がって、どれだけ苦しくても、また加速して、ここまでには目標を達成してやるぞと思って、仕事へのスピード感を落とさないようにしています。

周囲の人への還元を内的動機づけにしているということですね。

そのほうが自分が楽しく仕事をできますよね。たとえば今勤務させて頂いているスタッフ達(仲間)を、後ほどお話させて頂く理事長に管理職として抜擢していただけたりとかですね。ただ、仲間のなかにはもっと年収を稼ぎたいと思っている人も当然いるので、その差を埋めに⾏く作業っていうかプロセスにも、ある種楽しさを感じてるっていうところはありますよね。

なるほど。
現在、働かれているもやい聖友会やその理事長とはどう出会ったんでしょうか?

理事⻑に知り合ったのは6年前ですね。僕が当時、NPO法⼈を⽴ち上げたときに北九州市や医療福祉について、右も左もわからない際に色々とご教示くださり、手を差し伸べてくださったのがもやい聖友会の理事長だったんです。理事長はバイタリティが凄くて、出会わなかったら何も成し得てないですね。だからこの出会いは本当に大きかったです。

行動をして出会いを起こす。そして一つ一つの出会いを大事にする姿勢が様々な仕事に繋がるのかもしれないですね。

全国では病院勤務している理学療法士は多いですよね。副業するとなると、ボトルネックに副業規制があるじゃないですか。病院勤務は安定しているからやめたくないけど、他のこともしてみたいなって⼈たちが多いと思って。
これは⼀つ僕のパターンを話します。NPO法⼈の話をしたと思いますが、3年間病院勤務していて北九州に知り合いいないのに来て、⼟台を作った話をしたと思うんですけど、僕その時収⼊がほぼないんですよ。ただ、リスクを背負わないと得るものないと思っているんですよ。だから、何かをやりたいなって思う⼈がいたとしたら、この今の環境を捨てたくないという気持ちはわかるんですよ。わかる⼀⽅で、じゃあリスク背負う覚悟があるのかと。それをまず声を⼤にして伝えたいなと思います。
 僕は挑戦が好きなので相談されたら⽰唆はするんですけど結局⾔うだけの⼈の⽅が多いです。さっきも⾔ったように、「ここを続けたままどうにかしたいです」とか。それだと、何も⽣み出せず成果もないまま終わっちゃうじゃないですか。僕はまずリスクや覚悟を背負うっていうのが⼀つ⼤事なポイントかなと思っています。

伊東さんの経験からは、リスクを背負わないと何も生み出せなかったという意見ですね。力強い言葉です。

そして⼀般論として、安定も捨てづらくて挑戦してみたい⼈たちに関しては、だからさっき⾔ったように病院規則の幅の中で、やっていくしかないんじゃないのとを伝えますね。

なるほど。30代になってくるとご家庭を持つ⽅も増えてくると思いますが、その場合も同じようなアドバイスをされますか。

子どもや家庭があると重みが違いますよね。今、合計で19⼈ぐらいが僕の周りで働いてるんですけど、最初の5⼈は県外かつ家族⼦どもがいる状態で移住してきました。「俺はここまでの夢をみせるつもりで頑張るけど、そっちも相当の覚悟せないかんよ」って⾔ったら全部家族連れてきました。家庭がある⽅たちが、そのぐらいの決断⼒・⾏動⼒があればきっと成功するでしょうね。

PTの学⽣とかPT1〜3年⽬ぐらいに、パラレルキャリアの観点でアドバイスをするとしたら、何を伝えますか?

1〜3年⽬なので、基本的には20代ぐらいだと仮定をしてお伝えします。とにかく挑戦しなさいということです。まずパラレルキャリア云々の形成ってのは挑戦しかないんです。個⼈的な持論だと、35歳までに何かを成し遂げることができない場合は、そのまま⽣きていった⽅がいい。逆に言えば、ある程度の年齢になる前に⾃分のやりたい事が⾏動に移した⽅がいいと。なぜかというと、体⼒的な限界がありますし、起業するときはお⾦借りる⼈がほとんどだと思うんですよね。銀⾏から、借りるとなるとある程度の年齢を言っちゃうとお⾦借りれないんですよね。だからそこも踏まえてキャリアを形成したいと思ったらもう早めに⾏動しなさいよと。思ったらすぐ⾏動っていうのは伝えてほしいなと思います。

20代のうちの⽅が、他人にも社会にも応援されますよね。

そうです。あとね、極論ですよ。これあんまり⾔うとあれかもしれないけど、「あなたたち理学療法⼠の資格持ってるでしょ」っていうことなんですよ。もし若くして挑戦して失敗をしたとしても、その資格があって基礎があれば、また理学療法⼠として医療現場で⽣きていけと。こっちでは無理だったけどやっぱ理学療法士として⽣きていこうと思えるのが資格の強みなんです。逃げ道とは⾔わないけど、⾃分が取った資格で⽣きていくこともできるから、そんなにびびらず⼀歩踏み出しなさいよと伝えたいですね。

薄々感づいてますけど伊東さんって挑戦怖くないんですか?(笑)

あんまり怖くないですね。挑戦をし慣れたのもありますが、挑戦した先に⾒える世界が違うことも知っているので。サラリーマンでPTをしてたときよりも、⾒える景⾊は全然違って⾃分のやりたいことができるビジョンの幅が違うことも知っているから、あんまり怖くないです。でも僕も⼀発⽬の挑戦は⼀番ビビリ・怖さがありましたよ。

日本理学療法士協会の調査では協会の会員のうち病院や社会福祉施設に勤務する理学療法士が9割以上を占めていることが分かっていて、正直伊東さんのような方は入会されている方のほうが少ないかもしれません。そんな中で、伊東さんのようなパラレルキャリアの方が福岡県理学療法⼠会に所属していることにどんな意味を持たれているのか教えてください。

いま、福岡市内の養成校で授業を教えたりしているんですけど、学生の関心にしても、最近理学療法士になった⼦たちの、協会離れって多いと思うんですよね。それって、何なんだろうって思ったときに、その理学療法⼠協会の価値を上手く伝えることができていないことが原因なのかなって思うんですよね。僕らのようなある程度の理学療法⼠の資格を取って年数たつ⼈間が、伝えることができてないことも原因かなっていうふうに思うことがあって、理学療法⼠協会の魅力と同時に入会を進めるにしても、「伊東さんは入ってないじゃないですか」って言われたわ終わりじゃないですか。なので協会に入ってこんな面白いことをしている人がいるよと説明するために入会させてもらっているという感じですね。

伊東さんのような方が、入会されていると若い人たちからするととても刺激になるモデルだと思います。

今回のインタビューに関してもそうですけど、入会してなかったら皆さんとの出会いはなかったわけですからね。

最後ですけども、これは今までインタビューしてきた全員にお聞きしていることでして、伊東さんにとって”ジユウニハタラク”とは、なんでしょうか?

“ジユウニハタラク”とは、⾃分らしく⽣きることですかね。どこか息苦しさを感じて⽣きている⼈もいると思うんですけど、例えば挑戦によって収⼊が元々より下がったとしても⽣活さえできれば、きっと⾃分らしく⽣き⽣きと働いていくという未来に繋がっていくんじゃないかなと思います。無理にビジョンを持つ必要もないし、PTとして働いている⾃分が本当の⾃分であれば、そのままやっていくことがその⼈にとっての幸せだと思います。

事前に予想していた通りキャリア相談会になりました。若い理学療法士の参考になれば嬉しいです!

PROFILE

  • 伊東浩樹さん

    2014年 理学療法士免許取得

    2016年 NPO法人 地域医療連携団体.Needsを設立 現在は社会福祉法人もやい聖友会で地域医療連携室室⻑、障害福祉部⾨統括責任者として勤務しながら、リハビリテーションの養成校で講師をするなど多彩な活躍をしている。