人と動物が支え合う社会へ ―ドッグセラピーが拓くリハビリテーションの未来―

3. セラピードッグが広げる支援の輪:ドッグセラピーから学ぶ支援のかたち

 

アニマルセラピーを通して、何か印象的なエピソードがあれば教えていただけますか?

 
 

たくさんあり過ぎてどれを話していいか迷います。特に心に残っているのは、小児病院で、生まれてから一度も病院を出たことがない子どもさんが、本物の犬を初めて見た時のエピソードです。大きなふわふわのセラピードッグと病院を訪問すると、『中に誰が入ってるの?』と聞かれました。みんなで笑いながら『背中のチャックを探してみよう』と言って、保育士さんや看護師さんも一緒にセラピードッグにふれながらチャックを探したんです。
当たり前だと思っていたことが、その子たちにとっては当たり前ではないという気づきがありました。子どもたちとの関わりなかで私たちも新しい発見を得られました。

 
 

今村さんもエピソードトークをお願いできますか?

 
 

私も本当にたくさんありますし、STの立場から見ると、コミュニケーションは言葉だけで成り立つものではなく、「誰かに気持ちを伝える喜び」や「伝わったときの嬉しさ」にこそ、本質があると感じています。そうした本質的なやりとりを、犬と子どもたちが自然に、しかも楽しそうに実現している場面を、私は何度も目にしてきました。ノンバーバルコミュニケーションの豊かさや広さに気づきを得られることが、私たちSTにとっても大きな学びになっています。他の専門職の人たちも、何度か立ち会う中で、きっと自分の専門分野に引き戻した時に大きなヒントを得られるだろうと感じています。

ノンバーバルコミュニケーション(Nonverbal Communication)とは、言葉を使わずに行うコミュニケーションのこと。表情・視線・声のトーン・身振り・姿勢など、非言語的な手段で相手に気持ちや意図を伝える方法を指します。

 
 

ありがとうございます。エピソードは数えきれないほどあるのですね。個別に是非きかせてください。次に、赤木さんのことをハンドラーさんと呼んでいますが、ハンドラーさんを知らない人のためにも簡単に教えてください。

 
 

ハンドラーとは、セラピードッグと一緒に活動し、動物の安全と行動管理、対象者への配慮を行うパートナー的存在になります。

 
 

ハンドラーさんが活動する上で気をつけていること、大切にしていることを教えてください。

 
 

気をつけていることは、衛生管理、犬アレルギーの事前確認、犬の行動管理の徹底です。人も犬も安心で安全で楽しい時間にするために、犬たちのストレスサインを見逃さないように気をつけています。例えば、子どもたちがワーッと寄ってきた時に、犬が後ずさりするなどの動作が見られたら、『ストレスを感じているな』と分かります。ハッピー(犬の名前)はストレスを引きずらず、すぐに立ち直る明るい性格ですが、そのような場面では犬が楽しくなるような声かけをしたりしています。

 
 

ストレスを感じていたら声掛けは、人と一緒ですね(笑)無知で申し訳ないのですが、犬は人の言葉を理解しているのですか?

 
 

言葉の意味というよりは、記号として覚えていると思います。例えば「お手」や「座って」、特に「ごはん」や「おやつ」、「散歩」など犬たちが大好きな言葉はすぐに理解します。また、人の表情や声のトーンなども感じ取っています。犬のトレーニングでも、褒める時と注意する時で声を使い分けます。子どものキャーという声や、女性の「可愛い」という高い声は好きだと思います。

 
 

犬が人を助けたエピソードは数多く聞きますし、動物の中でも賢いんでしょうね。あと、尻尾を振っているのは本当に嬉しいからですか?

 
 

ゆっくり尻尾を振っている場合などは、耳の動きや顔の表情、姿勢など、からだ全体の様子を見る必要があります。尻尾だけ見て喜んでいるかと言えばそうではない場合もあります。

 
 

そうなんですね。尻尾だけじゃなく全体を見る必要があるのですね。これも人を観察するときと一緒ですね(笑)ちなみに、セラピードッグたちは、普段どのようなスケジュールで過ごしているのですか?

 
 

もちろんお休みの日もありますが、何曜日が活動日と決まっているわけではありません。

 
 

セラピードッグに向いている犬の適性などはあるのでしょうか?

 
 

そうですね、ありますよ。穏やかな性格で、人が好きなことが一番大事です。あとは環境適応能力がある子ですね。大体20項目くらいのテストがあり、大きな音をわざと立てた時の反応などを見ます。驚いてもすぐに立ち直る性格や、初めての人にもお腹を見せて甘えるような犬が向いています。外部からの刺激に対する許容範囲が広いこと、そして人が好きなことが第一前提です。

 
 

穏やかで人が好きなことなんですね。これもセラピストの適性に似ている気もします(笑)日本にセラピードッグはどのくらいいるのですか?

 
 

盲導犬などのように法律で定められた基準はありませんが、セラピードッグにも団体ごとの認定基準や活動ルールが設けられています。私たちの団体で活動している犬たちは協会の認定テストを受けていますが、「ドッグセラピー」という言葉だけが一人歩きして、基準を設けずご自身の愛犬で活動されている方もいらっしゃると思います。そういった方々を含めると、把握できないほど多くの方が活動されているのではないでしょうか。

 
 

ハンドラーになる上で、何か資格だったりが必要でしょうか?

 
 

日本レスキュー協会ではハンドラーになるために必要な資格などはありません。最低限の犬の知識があることは大前提ですが、対象者の方やそのご家族とのコミュニケーションも必要になりますので、人とお話をすることが好きな方でないと難しいと思います。

 
 

ハンドラーさんたちと一緒に活動するようになって思うのですが、犬の健康管理や行動管理ができる犬のスペシャリストであるだけでなく、人を相手にするため、人とのコミュニケーションの力も兼ね備えているように思います。

 
 

ありがとうございます。今村さんたちのSTさんで構成される「NPO法人ことリ」と日本レスキュー協会さんがタッグを組んで活動しているのが腑に落ちました。セラピードッグと人、それぞれのコミュニケーションのスペシャリストがタッグを組んで活動しているのは納得です。

 
 

ありがとうございます!私は多職種連携(PT・OT・STのコラボ)の大切さを身に染みて理解しているので、STとして橋渡し役となり、このドッグセラピーの良さをPTさんやOTさんの仲間にも広げていきたいと強く思っています。赤木さんたちもコミュニケーションの話題に非常に興味を持ってくださるので、毎回お互いに学び合っています。

 
 

非常に良い組み合わせですね!そしてこの活動がPT・OTにも広がっていくといいですね!次は、お二人が考えるドッグセラピーの魅力や今後の拡がりなどを聞かせてください。

 
 

私は長くドッグセラピーをしてきたわけではないのですが、獣医師会の方々との話の中で、『なるほど』と思ったのは、人と犬の関係は太古の昔から始まっているということです。狼から犬に分岐し、人のパートナーとして長い歴史を歩んできました。犬がそばにいることで、私たちは暗闇を恐れずに済んだり、猛獣から守ってくれたりといった、共生関係が築かれてきました。
現代では、暗闇で怯えることも、猛獣に襲われることもなくなりましたが、常にストレスを感じる社会の中で、メンタルが疲弊しがちな人々のそばに、犬がいることに意味は大きくて、昔のような外側からの危機ではなく、内側からの心の危機にある人々を、再び救ってくれていると教えてもらいました。獣医師会の方々は、『レスキュー犬は災害時のレスキューを担い、セラピードッグは平時の心の困窮に対してのレスキューを担う』とおっしゃっていました。そこに犬と関わることの深い絆を感じています。それが私が今強く感じるドッグセラピーの魅力です。

 
 

音楽や香り、植物など、皆さんそれぞれ癒される対象があると思いますが、その中の選択肢の一つとしてドッグセラピーが一般的になれば良いなと思っています。他のツールと最も違う点は、何かアクションを起こした時に反応が返ってくる、つまり「双方向のコミュニケーション」が取れるという点です。
犬は非常にポジティブな反応を多く見せ、感情も表情も豊かです。ボールを投げたらキャッチして持ってきてくれたり、撫でたら尻尾を振るといった反応が返ってくるのが、一番の魅力だと思います。

 
 

セラピードッグのワンちゃんたちは、引退があると伺ったのですが、今一緒に活動しているセラピードッグのハッピーちゃん達への想いをお聞かせください。

 
 

犬を可愛がっているとか、育成しているというよりは、一緒に活動している「相棒」のような感覚でいます。根本的に、ハッピーたちが楽しく過ごせるように、という思いがあります。数年後には引退になると思いますが、できるだけ元気に体が動くうちに引退させてあげたいです。犬の福祉を第一に考え活動していますが、やはり一般の家庭で飼われている犬と比べると、我慢させている部分もあると思うので、引退した後は仕事から完全に離れ、ゆっくり過ごせる環境を準備してあげることが、私たちハンドラーの役目だと思っています。ハッピーが引退した後に幸せに過ごせる環境を用意するところまでが、私たちの仕事だと思っています。

 
 

ありがとうございます。ハッピーちゃん達への愛を感じるコメントですね。人の役に立てることを赤木さん達と一緒に出来ているということだけでも、ハッピーちゃん達はもしかしたらすごく幸せなのかなとも感じました。最後に、この活動をセラピストだけでなく、県民の方に広く知ってもらいたいと私は考えていますが、その認識は共通していますか?

 
 

はい、共通しています。

 
 

『ワンちゃんかわいいな』という気持ちが人間に湧き上がるとき、その根底には何があるのか、興味深い点です。 人と動物が関わりを通して互いに成長できるというところを発信していきたいです。ワンヘルスを考えるきっかけになると思います。

 
 

「人だけじゃなく動物も」そうなるとワンヘルスの理念にも一致すると思います。

 
 

本当ですね、ここでワンヘルスに繋がりますね!正直、私はドッグセラピーを、どこか表面的な「癒しイベント」のように捉えていた部分もあったのですが、今日のお話を聞いて、その本質を深く理解することができました。このインタビューは、「ドッグセラピー=癒し」で終わらせるものではなく、「QOL・ウェルビーイング・共生社会・モチベーション」など、理学療法士として大切にしたい価値を見つめ直す機会と捉えています。ドッグセラピーという一見異分野の取り組みを通して、理学療法士が改めて「笑顔」や「心の回復」の重要性を再認識するきっかけになればいいなと思います。さらには、多職種連携や他分野とのつながりを柔軟に持つことが、私たちの職域の可能性を広げる一歩に繋がるのではないかと思いました。
今日は本当にありがとうございました。

 
 

こちらこそ、ありがとうございました。

 
 

認定NPO法人日本レスキュー協会さんとNPO法人ことリさんには、10月25日(土)海の中道海浜公園にて、福岡県理学療法士会と海の中道海浜公園の共催で行うイベントにもご参加いただきます!セラピードッグにも来ていただきますので、会員の方、県民の方も是非、ご来場ください!セラピードッグ達と皆様のご来場お待ちしております!

 

認定NPO法人日本レスキュー協会
NPO法人ことリ
うみなかウェルネスフェス2025 |海の中道海浜公園 |

Profile

赤木 亜規子さん

グラフィックデザインの仕事をしながらドッグセラピーについて学ぶ。日本レスキュー協会の広報誌制作のボランティアをきっかけに、セラピードッグ事業スタッフとして同協会に入職。ハンドラーとしてセラピードッグと共に、小児病院や被災地、福祉施設などを訪問している。

今村 亜子さん

1988年 国立身体障害者リハビリテーション学院卒業
2006年 九州大学大学院博士課程修了(言語聴覚士、文学博士)
主に小児分野のSTとして療育や教育相談を担当
現在、NPO法人ことリ副代表
趣味は、有機野菜作りとヨーガ。植物や動物の声、自分の体の内側の声が聞けたらいいなと思って耳を澄ましています。