理学療法士、アフリカへ渡る 〜「たまたま」の出会いが導いた青年海外協力隊への道〜

臨床と教育現場への還元

 

その後、前職に戻られましたが、戻らないという選択肢もあったかと思うのですが。

 
 

客観的に日本を見て、いかに恵まれた医療環境の中で働いていたのかを痛感したことも、戻ることを希望した理由の1つです。

 
 

どんな点が恵まれていると感じましたか?

 
 

システムもそうですし、医療に関わる法律的なところとか社会資源とか、つくづくそのありがたみを実感しましたね。思えば、前職で働いていた3年間は不満ばかりに目が行きがちでした。「もっと研修会や勉強会があったらいいのに」とか、そんなことばかり考えていたんですが、研修会に行きたいなら自分でお金を払って外部の研修会に行けばいいだけの話で。それをしてなかったのは自分なのに、なんでもかんでも働く場所に求めたって何も始まらないですよね。恵まれた環境に自分はいたんだということに初めて気がついたんです。

 
 

だからこそ前職にあえて戻りたいと。

 
 

そうですね。また、アフリカでの2年間の経験があるから、違う形で貢献ができるんじゃないかなと思いました。

 
 

同じ職場に戻ってみて景色は違って見えましたか?

 
 

そうですね、2年間を通じてものの捉え方や考え方は変わったと思います。以前のように不平不満を感じたりするような場面はなかった気がします。

 
 

そこは大きな変化ですね。

 
 

アフリカでの2年間は、「自分が知らない世界があった」というあたり前のことに気づきを与えてくれた時間でもありました。

 
 

どういうことでしょうか?

 
 

例えば理学療法士であれば、養成校へ入学し、みんな同じことを勉強しますよね。同じ学問を勉強するなかで、同じ職業的な思考過程を学び、そのさき同じ資格を取得します。同じような思考過程の人たちのなかで、同じような経験を積み重ねていく。僕自身も新卒として働いていた3年間はそれが当たり前でしたが、いま思うとものすごく閉ざされたというか、視野の狭い視野のなかで生きてきたように感じました。でも、当時はあたかもそれが社会のすべてであるかのように信じていました。

 
 

確かに、私も医療機関に従事していたときはそう思っていましたね。

 
 

ただ、いざその社会から出てみると、「なんだ、世界ってこんなに広がってたのか」っていう実感が湧くんです。例えば、活動のなかで知り合ったJICA隊員はみな日本人でしたが、もともと国際協力に興味があった人や、海外経験が豊富な人など、いろんな価値観を持った人たちなんです。そこでカルチャーショックを受けることも少なくありませんでした。同じ日本人でもこんなに多様性があるんだと、衝撃を受けましたね。

 
 

自分の中で一番大きく変化した部分はなんでしょうか。

 
 

ものごとを客観的・俯瞰的に見るっていう経験が、自分の中ではすごく大きかったと思いますね。文化とか歴史とか宗教、言語、政治、経済、教育、外交、環境など、目の前の人たちを理解するためにその人を取り巻く周辺のあらゆることに興味を持つようになって、なおかつ多角的にものごとを見ようとするくせがついた気がします。

 
 

誰かを理解しようとするとき、その人の背景を知ることって大事ですよね。

 
 

いま思うと本当にいい経験をしたなと思います。2年間どっぷりタンザニアの大自然や文化の中で過ごした経験は本当にかけがえのないものですね。ただ、もう1度行けと言われたら絶対嫌ですけども (苦笑)。 やってよかったと心の底から思うけれど、戻れって言われたら戻りたくないぐらいの方が、いい経験なのかもしれないですね。

 
 

アフリカから帰国後は前職で勤務されたと思うのですが、その後教員の道を歩まれることになりますね。教員への道に進まれたきっかけを教えていただいてもいいですか?

 
 

これもたまたまなんです(笑) 前職はたまたま隣にグループ内の理学療法士を養成する専門学校がありまして、当時誰か1人、教員として1年間応援に入ってほしいといった話が病院に来たんです。誰かが手を挙げるかなと思ってたんですが、誰も手を挙げなかったんですよね。それなら1年でよければ僕が行きますと手を挙げたのが始まりです。

 
 

1年だけだったということですが、その後も教員をされていることにはなにか理由があったのでしょうか?

 
 

それはですね、異動直前の面談の際に「担任は2年目から受け持ってね」と教務部長の先生に言われまして。

 
 

???

 
 

なんだか話が違うぞと。情報の行き違いが原因だったと後で分かりましたが、その時は2年目以降もいる前提で話が進んでいるなと(笑)。ただ、実際1年間教員として過ごしてみると、自分にとってやりがいがとってもあったんですね。

 
 

もしも応募の段階で1年間限定ではなく、単に教員として募集があっていたらどうなっていたでしょうか。

 
 

多分ですが手を挙げていなかったと思います。不思議なもので、これもまた”たまたま”ということになりますね。僕らは教育学を系統立てて勉強してるわけじゃないので、教員としての未熟さは、いくら経験を積んでも残ると思うんですが、相手のニーズに基づく目標を明確にし、それに向けていいところは伸ばしつつ、課題にはアプローチしていく、みたいな考え方、これって臨床の理学療法士は日常的に患者さんに対して行ってますよね。

 
 

仰るとおりでですね。

 
 

そうすると、理学療法士って実は人を育てて、伸ばしていくことに長けた職業特性を持ってるんじゃないかなって気づいたんですね。もちろん、ひとりひとりの個別性を考えていくと難しさや大変さがたくさんあって、そこがまたやりがいなのかなとも思います。とはいえ、いまだに満足のいく関わり方っていうのがなかなかできなくて。奥深さを日々感じます。

 
 

佐々木さんは教員生活13年目ではありますが、当初と現在では学生との関わりで感じる難しいの意味合いが変わってきたと感じることはありますか?

 
 

学生を集団として見るか、ひとりの個人として見るかによっても、違いがあると思いますが、僕の感覚で言うと、個人として見たとき、人としての素質とか、そういったものが大きく変わっているような感じはあまりしません。この学生はどういう状態にあるんだろうかとか、どういうところを伸ばせるのかなとか、どういう課題があるのかなっていうのを見極める、という意味では、時代によって大きく変わっているという感じはしないですね。

 
 

次に県士会の活動に話を移していきたいと思います。佐々木さんの県士会での活動もベールに包まれているように思えるのですが。

 
 

4年前に最初から理事としてスタートしたのが影響しているかもしれません。

 
 

大体の方が部長をお務めになられたのち理事になられますよね。もしやこれもまた、たまたまですか?

 
 

そうなんです、よく分かりましたね。

 
 

さすがに読めました(笑)

 
 

きっかけは、自分の意思というよりは当時所属してた養成校の上席教員の強い勧めといいましょうかね。勧められるうちに、なんだか自分でもチャレンジできそうな気がしてきて、気がついたら立候補することになっていました。

 
 

理事になると抱負も書かないといけないですよね?それも勢いで書かれたんですか? (笑)

 
 

そうですね。部長経験があれば経験にもとづいた企画だったり提案なりが書きやすかったかもしれません。

 
 

きっかけは自分の意思ではなかったにせよ、理事になられて3期目となっている状況から、その続けたいと自身で思われた理由はなんでしょうか。

 
 

広報関連の業務を1期目から担当させていただきました。広報と言っても専門知識とかノウハウがあるわけじゃなかったので、最初は戸惑いの連続でしたが、理事は意見やアイデアを事業として直接的に形にしやすい立場なので、できることが自分の中で少しずつ増えていくことにやりがいを感じます。それが2期目も続けようと思った理由ですね。

 
 

県士会の活動を俯瞰してみて、もっとこういうのがあったらいいのにとか、既存のこういった事業をこういう風にしたらいいのにみたいな、ご意見みたいなのってお持ちだったりされるんですか?

 
 

広報を担当していると、事業への参加率や入会率など、いろいろな数字が出てくるたびに「広報」というキーワードが出てきます。ただ広報はあくまで情報への入り口やきっかけとしての役割が大きいと捉えています。広報の充実はもちろん大切ですが、広報そのものが県士会の本質的な魅力を規定するというわけではないといいますか。

 
 

中身の重要性を余計に感じるわけですね。

 
 

根本的なところを考えれば、「この事業に参加したい」「県士会に入会することが自分にとってプラスになる」という感覚を生まない限り、会員数や参加者を増やすことにも限界があるように感じます。結局はニーズに沿った、魅力ある事業を創っていくしかないと思いますね。

 
 

佐々木さんが今教育の立場や県士会の立場でみても、最近、理学療法士の職域拡大は大きなテーマだと思うのですが、職域の広がりについて、個人的に思われていることってあったりしますか?

 
 

広報に関わっていると、新しいトピックスやキーワードに出会う機会が多々あります。そういったとき、理学療法士の可能性やフィールドの広がりを感じます。ただ、ひとりひとりの理学療法士の働き方という意味では、まだまだ閉塞的なところを感じるというか。1人の理学療法士の仕事や生き方の広がり方と、理学療法という学問の広がり方とでは、少し状況が違う感じがします。

 
 

ひとりひとりが職域の広がりや生き方に選択肢を持っているわけではないということですね。

 
 

ですので、FUree worKU事業はとてもいいなと。毎回楽しみに記事を読んでます。

 
 

ありがとうございます!! (照)。次は今の研究と、これからというか、少し未来に向けた話をさせていただきたいと思っているのですが。

 
 

いまは大学院の博士課程で研究にも取り組んでいます。研究テーマは理学療法士のキャリアに関するものです。僕はいろいろ数奇なご縁というか、まさにたまたまの連続でいまも教員をさせていただいていますが、キャリアという言葉自体を意識したことはあまりありません。ただ、どういうふうにして今の自分につながってきているのか、みたいなことには漠然とした興味があって、結局それが理学療法士のキャリアということになるんだろうと思い、このテーマに行き着きました。

 
 

もともと研究活動はたくさんされていたんでしょうか?

 
 

いえ、もともとあまり力を注いでなかったというか。臨床や教育にはずっと携わってましたが、研究に興味を持ったのはほんの数年前からですね。

 
 

そこもなにかきっかけが?

 
 

博士課程に身を置いて頑張っている先輩に、たまたま話を聞く機会があったんです。「なるほど。そういう理学療法の深め方があるのか」と興味をもったのがきっかけでした。

 
 

現在行っている研究のデザインはなんでしょうか。

 
 

いわゆる質的研究です。目標設定理論という古典的な理論をベースにして、理学療法士のキャリアと、コミットメントやレジリエンスなどの心理的な特性が、どう関係しているのかといったことを研究しています。

 
 

論文化されたら是非拝見させてください!

 
 

先行研究を調べていると、キャリアが形作られる過程では目標設定が特に重要だということが分かります。そうしたときに「そもそも自分の目標ってなんだっけ?」みたいな感覚になったことがあります。果たして理学療法士としての目標を自分は持っているのだろうかみたいな。目標というのは必ずしも明確ではないということに気づきましたね。

 
 

今後はもっとこういうことにチャレンジしてみたいこととかあるんでしょうか。

 
 

研究については、喜びとか楽しさとかのまだ入り口に差しかかったばかりかなと思います。いろんな研究をできる力が身についてくると、もっといろんなアイデアが出てくるんじゃないかなというのが楽しみですね。

 
 

そろそろインタビューも終盤に差し掛かってきました。これから理学療法士を目指す人に伝えたいメッセージはありますか?

 
 

僕がアフリカで出会った言葉を2つご紹介したいです。1つはスワヒリ語のことわざなんですが、「道に迷うことは、道を知ることだ」というものです。僕が当時葛藤の中でもがいている時にたまたま出会った言葉です。道に迷うことは苦しく不安なことですが、それ自体に意味があるんだと捉えられるようになりました。目の前のことに、真摯に向き合って取り組んでいれば、その先におのずと道が開けてくるという信念に繋がっているのかもしれません。慌てずまずは目の前のことに丁寧に向き合う姿勢を大切にしています。

 
 

素晴らしい言葉ですね。

 
 

もう1つは先輩隊員に教えてもらったもので、「向き不向きより前向きであれ」という言葉です。向いているかいないかなんて言い出せばネガティブになることもあるけれど、そうではなくて、ものごとに前向きな気持ちで取り組む姿勢を大切にせよという教えですね。逆境をハードルと捉えるか壁と捉えるか、そこに大きな違いがあると思うんです。ものごとを前向きに捉えられる人生には、無駄な経験なんてないのではないでしょうか。苦しい時こそ前向き思考で乗り切りたいですね。

 
 

ありがとうございます。では最後に佐々木さんにとってジユウニハタラクとは?

 
 

理学療法士になったことも、アフリカに暮らしたことも、教員になったことも、僕はすべてたまたまの転機に導かれてはいますが、僕自身は目の前のことに常に全力取り組んできた結果、たまたまそういう出会いや縁を授かって、いまこういう生き方に至っていると思います。そんな僕がジユウニハタラクを定義するならば、目の前のことに全力で取り組んだ結果、おのずと道が開けてくる、そういう生き方や働き方のことかなと思います。

 
 

常に全力で前向きに取り組んできた佐々木さんからだからこそ出てくる言葉ですね。本日はインタビューありがとうございました!アフリカ旅行へ行く際はぜひ旅行プランを相談させてください!

 
 

もちろんです!

 

海外での活動に興味がある理学療法士の方へ

もし理学療法士として海外で働くことに興味を持っている人がいれば、日本理学療法士協会(JPTA)は、医療系専門職団体として初めて独立行政法人国際協力機構(JICA)と覚書を締結しています。これにより、海外協力隊派遣について、JPTAの推薦を受けて海外協力隊に参加することができるようになりました。また、国際的に活躍したい人に向けたその他の情報も積極的に発信しています。

https://www.japanpt.or.jp/pt/international/workandstudyabroad/

発展途上国で理学療法士として働くことを希望される方は、特にジェネラリストとしての経験、知識、技術が必須だと思います。多様な障害像に対応できる理学療法士は、まさに登録理学療法士の取得過程(前期研修・後期研修)で身に着けることができると思います。

これらのスキルは、現地で私たちが関わる対象者にとって有益であるだけでなく、自分自身を助けてくれるものになるでしょう(途上国では思うように調べものができないことも多いと感じます)。以上、参考になれば幸いです。

Profile

佐々木圭太さん

2005年 鹿児島大学卒業
福岡市内の急性期病院に入職
2008年~2010年 青年海外協力隊員としてタンザニア共和国に赴任
任期満了に伴い帰国
2010年 急性期病院に再入職
2013年~ 専門学校教員として理学療法士養成に携わる
2021年~ (公)福岡県理学療法士会 理事