人と動物が支え合う社会へ ―ドッグセラピーが拓くリハビリテーションの未来―

1. 震災を原点に「ワンヘルス」へ:人と動物の絆を深める活動

 

本日は、認定NPO法人日本レスキュー協会の赤木さんとNPO法人ことリの今村さんにインタビューをさせていただきます。宜しくお願い致します。

 
 

宜しくお願いします。

 
 

まず、それぞれの団体がどのような活動をされているのか教えてください。日本レスキュー協会の赤木さんからお話いただけますか?

 
 

はい。日本レスキュー協会は、阪神淡路大震災の年の9月1日に兵庫県に本部を構えた団体です。当時、海外から派遣された災害救助犬が日本で十分に活用されなかったこと、そしてこの震災では多くの方が建物の倒壊により命を落とされたことから、救助犬の活動がより広く認知され、十分に活かされていれば救えた命もあったのではないかという思いで、当団体は設立されました。
そして、震災遺児のためのクリスマス会に日本レスキュー協会の災害救助犬が参加した際、最初は緊張していた子どもたちが、犬とふれあうことで子どもらしい表情をとり戻していったという経験から、セラピードッグの育成が始まりました。
現在は主に、災害救助犬の育成と派遣、セラピードッグの育成と派遣、動物福祉の3つの柱で活動しています。動物福祉では、保護した犬の新しい飼い主さんを探したり、被災したペットの支援などを行っています。
また、佐賀県支部MOREWANでは、九州の災害時に迅速に災害救助犬を出動するほか、ペットと一緒に室内で過ごせる同伴避難所を運営しています。

 
 

なるほど、震災をきっかけに設立され、クリスマス会での子どもたちの反応からセラピードッグの育成が始まったのですね。海外では当時すでにアニマルセラピーが導入されていたのでしょうか?

 
 

アメリカでは1970年代から「アニマル・アシステッド・セラピー(AAT)」という言葉が生まれ、1990年代には 医療や福祉現場で犬など動物を用いた療法が徐々に浸透していったそうです。海外ではもっと前から行われていたと思いますが、日本では当時、災害救助犬ですらあまり知られていなかったくらいなので、セラピードッグはさらに知られていない時代だったと思います。

 
 

そうなんですね。あらためてセラピードッグの活動が始まった経緯、素晴らしいですね。ご説明いただきありがとうございます。
それでは次に、「NPO法人ことリ」について、今村さんの活動内容をお聞かせいただけますか?

 
 

はい、ありがとうございます。「ことリ」は「ことばリレーションシップの会」という名前で、言葉の「こと」とリレーションの「リ」で「ことリ」と名乗っています。私たちは、臨床現場でどこに相談していいか分からず一人ぼっちで孤立している方や親御さんと出会ってきたため、NPOという形で何かお手伝いできるのではないかという思いから活動をスタートしました。

 
 

「NPO法人ことリ」のメンバーは言語聴覚士(ST)が中心で構成されているのですか?

 
 

構成メンバーは、STだけでなく、保育士、医師や教師など多様です。NPOだからできるようなインフォーマルサポートに取り組んでいます。

インフォーマルサポート(informal support)とは、サポートが必要な方のニーズに応じて、家族・友人・近隣住民・地域の仲間など、自然な人間関係の中で工夫しながら提供される支援のことです。

 
 

インフォーマルサポートですね!実際にはどのような活動をされていますか?

 
 

例えば、医療的ケアが必要な重度の障害のあるお子さんのご家族から、『遊びの楽しさを感じさせてあげたい』というご希望を受け、そのお子さんがどのような方法で気持ちを表してくれるのか、私たちは一緒に「コミュニケーションのサイン」を探していきます。
2011年にスタートして約14年になりますが、特定の拠点で教室を開くようなタイプのNPOではありません。むしろ、声が届いたらできることで対応するという活動スタイルです。障害を持つ人と一緒に幸せな社会作りを目指し、アート活動のお手伝いをしたり、出会った人々とのネットワークを築いてきました。
そんな中で、日本レスキュー協会さんのドッグセラピーを受け入れる施設や学校の方々をつなぐ、コーディネーターのような役割をさせていただきました。こうした出会いに感謝しています。

 
 

なるほど、「日本レスキュー協会」さんと「NPO法人ことリ」さんが一緒に活動している理由がわかりました!ちなみに、両団体は比較的新しい繋がりなんですか?具体的にいつ、どのようなきっかけで繋がったのでしょうか?

 
 

2020年だと思います。

 
 

はい、福岡県が主催する「ワンヘルスフェスティバル2020」で、「子どもたちがセラピードッグに読み聞かせをする」というデモンストレーションがあったのですが、そのときのコーディネートをしていたのが「NPO法人ことリ」さんでした。それが最初のコラボレーションでしたね。

 
 

「ワンヘルス(One Health)」という言葉が出ましたが、福岡県が推進するワンヘルス事業の一環として、福岡県理学療法士会も参画しています。これは「人・動物・環境の健康はつながっている」という理念のもと、リハビリテーション専門職として、人のQOLや社会参加を支える立場から、共生社会のあり方を考える試みです。実際には、ワンヘルスではどのような事業で、福岡県ではどのように取り組まれているのかご説明いただいてもよいでしょうか?

 
 

福岡県が推進するワンヘルス事業は、人・動物・環境の健康を一体として守る仕組みを県全体で構築する取り組みです。ワンヘルスとは、「人の健康」「動物の健康」「環境の健全性」をひとつの健康として捉え、総合的に保全する考え方です。福岡県は、北九州市での国際会議を契機に、国内初の「福岡県ワンヘルス推進基本条例」を2020年12月に制定し、2021年1月に施行しています。
日常生活の中で、一人一人がワンヘルスにどう取り組むかがとても大切で、福岡県は、制度・教育・産業認証を一体化した取り組みを進めていて、日本でも先進的な地区となっていると聞いています。

 
 

そうなんですね、知りませんでした。しかも福岡は先進的なんですね!

 
 

世界的な大きなテーマとしては、地球環境の変化によって引き起こされる人獣共通感染症への対策があります。また、不適切な抗生物質の使用などで薬剤耐性菌(AMR)が広まり、命に関わる問題が起きていることも重要な課題です。これらの問題を、環境問題との関係性の中で読み解き、人・動物・環境のバランスをどう取っていくかがワンヘルスの根底にあります。

薬剤耐性菌(AMR:Antimicrobial Resistance)とは、抗菌薬(抗生物質など)に対して耐性を持ち、薬が効かなくなった細菌のことを指します。医療・動物・環境の領域を横断して拡大する「世界的な公衆衛生問題」です。

医師も獣医師も協力して対策を練り、看護師や理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)といったコメディカルもワンヘルスをテーマとした情報を共有して、行動していく必要があるとされています。福岡県のワンヘルスの取り組みの中に、医療従事者のスタッフの方々が参加する研修があるのですが、そんなふうに多職種が同じテーブルについて、人や動物、そして環境との関係からウェルビーイングを語り合うのはすごく大切なことだと思います。今回のPTさんとのご縁もこの研修に参加した方からつないでいただきました。
それから、福岡県は、人獣共通感染症対策、AMR対策だけでなく、環境保護、人と動物の共生社会づくり、健康づくり、環境と人と動物のより良い関係づくりをあわせて6つの基本方針をあげています。たしかにそうすることで専門職だけでなく日常生活の中で取り組みが見つかるように思います。その具体的な実践として福岡県セラピー犬施設等派遣事業という取り組みがあり、私たちも参加させていただきました。

 
 

私たちの活動も、セラピードッグは人のために働いていると見られがちですが、そうではなく、「人も犬も安心で安全で楽しめる」という点を大切にしています。この部分がワンヘルスの概念と深く繋がっていると感じています。犬が一方的に人をケアしているというよりは、「一緒に時間を過ごす」「共生している」互いに支え合う存在という感覚が一番しっくりきます。

 
 

なるほど、人も犬も双方にとって良い関係を築くことが大事だということですね。先日私もドッグセラピーの場面を実際に見学させていただいた際、セラピードッグが吠えて1人の児童がびっくりするといった場面に遭遇しました。その後のミーティングで、セラピードッグの「課題」についてお話されていましたが、それは犬に未熟な点があるということなのでしょうか?

 
 

いいえ、そうではありません。むしろ、犬の声を聞きたいと望まれることもありますが、一方で私たちが病院に出入りする上で「吠えない」ようにトレーニングしている面もあります。そういった状況とのマッチングの問題です。突然の犬の声に驚いて怖がってしまったその子にとって、せっかくの楽しい時間が「犬と関わったことで嫌な思い出」になってしまうのは避けたいと考えています。だからこそ、次回は“「どうすればその子がもう一度、犬のことを好きになれるか?」という点が、私たちにとっての環境づくりの「課題」なのです。

 
 

セラピードッグ側の課題というよりは、子どもと犬との関係性における課題、マッチングの問題なのですね。子どもたちにも、強く叩いたり乱暴に触ったりするなどの課題があると思いますが、そうした行動をいきなり直すのは難しいので、環境作りでうまくマッチングさせるという考え方もワンヘルスに通じるものがありますね。

 
 

まさにそうですね。犬を人に合わせるだけでなく、人も歩み寄ること、そして犬と人、その周りの人々がどんな出会い方をすればそれぞれが成長できるのかを皆で考える、というベクトルがワンヘルスに似ていると私たちは考えています。

 

福岡県ワンヘルス推進ポータルサイト

Profile

赤木 亜規子さん

グラフィックデザインの仕事をしながらドッグセラピーについて学ぶ。日本レスキュー協会の広報誌制作のボランティアをきっかけに、セラピードッグ事業スタッフとして同協会に入職。ハンドラーとしてセラピードッグと共に、小児病院や被災地、福祉施設などを訪問している。

今村 亜子さん

1988年 国立身体障害者リハビリテーション学院卒業
2006年 九州大学大学院博士課程修了(言語聴覚士、文学博士)
主に小児分野のSTとして療育や教育相談を担当
現在、NPO法人ことリ副代表
趣味は、有機野菜作りとヨーガ。植物や動物の声、自分の体の内側の声が聞けたらいいなと思って耳を澄ましています。