変化の中で見つけた「私らしい」理学療法士の在り方

  • インタビュイー:松岡美紀さん
  • インタビュアー:縄田佳志

社会を変える視点へ―現場復帰で見据える理学療法士の可能性―

教育現場でのやりがいと、ある種の窮屈さも感じられる中で、2年前、再び臨床現場に移られたわけですね。現場に戻りたいという思いはずっとあったとのことですが、改めて転職のきっかけを教えていただけますか?

はい。一番は現場に戻りたいという思いでしたが、いくつか理由が重なって。まず、教員としての最後の5年ぐらいは、卒業生が立ち上げた放課後等デイサービス(放デイ)を手伝う形で関わらせてもらってたんです。そこで、放デイとか児童発達支援の現場での課題感みたいなものがかなり見えてきて。

課題感というと、具体的には?

放デイや児童発達支援って、ここ数年であちこちに新しく立ち上がってるんですけど、そもそも、障害を持ってるお子さんたちの療育についての知識を持ってる人が圧倒的に少ないっていうことですね。お子さんたちをどう見ていくのか、教育的な要素と治療的な要素、子どもの権利保障とか、子どもが育っていくために必要なことをちゃんと提供しないといけないはずなんですけど、そこができてない事業所がかなり多かった。

なるほど。単に預かっているだけ、とか、過度なしつけをしてしまう、とか。

そういうことを聞いたりします。やはりこれじゃいけないなっていうのは感じていたところです。国としても、療育の「質」というところを強く言ってて、報酬改定でも専門職を入れることで加算をつけたり、ちゃんとしたアセスメントを求めたりするようになってきてはいるんですけど、まだまだ課題は残っていると感じていました。

そうした課題感と、ご自身のキャリアプランが重なったタイミングだったんですね。

そうですね。ちょうど50歳の節目を迎える時に、正直、自分がこの環境(教員)だと22年いて、できると思っていたことが外に出て泳げるのか、みたいな。飛び出してみたいところがすごくあって。

新しいチャレンジをしたいという気持ちが強かったんですね。

はい。今の考え方だったりスキルとかで、別のとこでも活躍できるのかなっていう、のが大きかったかなと思ってますね。で、ちょうどその課題感のある放デイとか児童発達支援に入っていきたいなっていうか、自分のキャリアを投資したいなっていうような思いがありました。

今の勤務先を選ばれた理由は?

「障害のない社会を作る」っていう大きなビジョンを持っていて、社会側に障害を理解する土壌を作っていくみたいな考え方をもった大きな企業なんですね。アプローチも、できないことを何回も練習して、というよりは、できること、好きなことをどんどんさせていく方法。そういうところに共感したのが大きいですね。

現在は教室長という立場で、管理業務と現場の支援、両方に関わられているんですね。スタッフの方々への関わりで意識されていることはありますか?

今は教室長として、教室の運営とスタッフの育成的な部分を担っているんですけど、スタッフの中にも「STとして」「PTとして」みたいなところにぶつかる方だったり、専門職以外でも自分自身に自信が持てない方がいるんですよね。

松岡さんご自身がかつて悩まれたように。

そうなんです。そういう時は、その方のキャリアと願いをセットして、具体的に今をどう過ごすかを一緒に考えるようにしています。そうすると自分の注力すべき点が見えてくるようです。

先ほど、学生の「心に火をつける」というお話がありましたが、スタッフの方々の「能動性」を引き出すために、具体的にどんなことをされていますか?

権限を渡して、責任を押し付けないというか。意思決定の機会をどんどん作って、あとは後押ししていくっていうのが大事だと思います。。仕事を与えるんじゃなくて、役割を与える。「あなたにこういうことを考えてほしい」っていう、重要性とか目的もちゃんと伝えてます。その人が考えてきたことに対しては、まず認めつつ、もし修正が必要なら一緒に考えながら、という感じです。

目的を伝えて任せる、そして意思決定を尊重する、ということですね。

そうですね。重要感がすごく大事なんだろうなっていうのと、そこに意思決定を認めてもらえたっていう、ツーステップがあるなと思っています。そうすると、「次、こう考えてみたんですけど、どうですか?」みたいに言ってくれるから、「めっちゃいいじゃん!」って言って、どんどんお願いするみたいな。

それは子どもたちへの関わり方にも通じるところがありますか?子どもの能動性を引き出す秘訣があればぜひ。

子どもも、「それいいやん!」みたいな、共感することがまず大事かなって思いますね。作ってるものとか書いてるものを絶対に否定しない。そういう声かけで全然子どもの目つきが変わるなっていう。

肯定的な声かけと共感。

そうですね。以前、セミを捕まえてきた子がいて、周りのスタッフは「ぎゃー!」って言ってたんですけど、私は元々虫は嫌いじゃないんで、「おお、セミ連れてきたんや!どうやって触るん?」って聞いたら、その子がめっちゃ得意げに、「こうやって持つんだよ、指は動かさないで触るるんだよ!」みたいに、目を輝かせて話し出して。やっぱりこれだよな、と。その時思いましたね。

なるほど…!スタッフに対しても子どもに対しても、まず相手を受け入れて、その人自身の考えや興味を尊重し、後押ししていく、という姿勢が一貫してらっしゃいますね。最後に、松岡さんにとっての「ジユウニハタラク」について考えを教えていただいてもよろしいでしょうか。

理学療法士という資格は、あくまで可能性を広げるための一つの「切符」だと思うんです。その切符を持って、どこで何をするかは自分次第。私自身、理学療法士という枠にとらわれず、子どもたちのこと、教育のこと、そして今は社会の仕組みのことまで考えるようになりました。皆さんも、自分の専門性に固執しすぎず、目の前の人や、自分が関わる環境、社会に対して何ができるか、という広い視点を持ってみると、きっと新しい道が見えてくると思います。ぜひ、色々なことにチャレンジしてみてほしいですね。

松岡さん、本日は貴重なお話を本当にありがとうございました。臨床、教育、そして福祉サービスの運営と、多様な経験に裏打ちされたお話は、多くの理学療法士や学生にとって、キャリアを考える上で大きなヒントになったと思います。

こちらこそ、ありがとうございました。楽しかったです。

Profile

松岡美紀さん

1994年~2000年 社会福祉法人こぐま福祉会 こぐま学園 

2000年~2001年 社会福祉法人慈愛会 医療福祉センター聖ヨゼフ園

2001年~2022年 学校法人麻生塾 専門学校麻生リハビリテーション大

2023年~    LITALICOジュニア児童発達支援事業部児童発達支援部九州第1グループ